教室で、痙攣して奇声を上げて吐いて倒れた人がいました。もし自分だったらすごく恥ずかしくて学校行けないと思います。不謹慎だけど、自分じゃなくて良かったと思ってしまいました。 そして、そのあと、廊下でそのことについて騒いでる男子がいました。その人たちは決していじっているわけではなく、馬鹿にしているような感じもなくて、ただ珍しいことがあったから共有しているだけでしたが、本人からしたら話題にされたくないだろうし、忘れて欲しい出来事だと思うのでその男子たちはデリカシーがないと思いました。そういうところで常識が問われると感じます。
人には人の事情が必ずあります。 そういう人に寄り添える人になってあげてください。
まず、あなたが目撃した出来事は非常に衝撃的であったと思います。また、その感情や思いを抱くことは貴方にとって自然な反応です。「自分がその立場でなかったことに安堵する」という気持ちも、人間として避けがたいものです。ピンチの状況を理解しつつも、自らを守る反応が現れるのは、心理的に健康な反応とも言えます。 障害や突然の病気は、いつも他人からの理解を伴うものであるべきです。しかし、時にはその状況について話すことで、周囲が理解を深めようとすることもあります。その意図がどのようなものであれ、本人が傷つく可能性があることを考慮することは、確かに重大な責任です。周囲の反応が気になるのは自然なことで、このような状況では誰もがデリケートな心情を抱いています。 あなたが思うように、こうした経験から学ぶことは多いです。人は自分が経験したことを話すことで、何が起こったのかを理解し、周囲の人間関係をさらに良いものにする機会を得ることもあります。他者の視点に耳を傾けることは、さらなる共感や理解につながりますが、それが必ずしも常に実践されるとは限りません。大切なのは、他者の痛みを想像し、共感できる心がけを持ち続けることです。このような状況を通じて、あなた自身も成長を遂げる機会を持たれているのではないでしょうか。